ブルース・リー哲学から学ぶ 柔軟である事の大切さ。

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Who Is Bruce Lee?

ブルース・リーがクンフー(ジークンドー)の達人であることは、あまりにも有名だが、ブルース・リーが哲学に造詣が深かかったという事実を知る者は少ない。

彼は新聞配達のアルバイトをして職業訓練学校シアトル・セントラル・カレッジに通い高校卒業資格を得て、ワシントン大学の心理学部哲学科に進学した。

在学中に図書館にある古今東西の書物を読破し、高校で哲学の講師もしていた。

2010年4月3日にブルース・リー好きの友人と六本木で期間限定で開催されていたブルース・リー生誕70周年記念の展覧会に行ってきた。

ブルース・リー 哲学

ブルース・リー哲学

そこにはブルース・リーが実際に卒業論文で書いたWho is Bruce Lee?という論文があった。残念ながら中身はショーウィンドウの中にあったので、読む事はできなかった。

この論文の題名にあるように、ブルース・リーは哲学を通して自分という人物を客観的に見る事に長けていた人物でもあった事が伺える。

実のところ僕はこの記事をもう5ヶ月も前に書こうとしていたのが、途中で筆を止めてしまった。ブルース・リーという存在が自分の中で大きすぎて上手く文章に著す事が出来ないでいたが、最近ブルース・リーの映画を観て又、彼の事に関するこの記事を再開したい衝動に駆られたのだ。


Be water – 水になれ

まずはこの動画を観ていただきたい。

Empty your mind.
Be formless, Shapeless, like water.
If you put water into a cup, it becomes the cup.
You put water into a bottle and it becomes the bottle.
You put it in a teapot it becomes the teapot.
Now, water can flow or it can crash. Be water my friend.


心を空にするんだ。
形を捨てて
水のように
水をカップに注げは、水はカップとなり
水をビンに注げば、水はビンとなる
そして急須に入れれば急須になる・
水は流れる事も砕く事もできる
友よ 水になるんだ


僕らは生きてる上で己の限界を自分自身で作り上げがちだ。一度リミットを設ければ、その上限を超える事は難しい。

古代ギリシャの哲学者プラトンも、人間には何でもできるポテンシャルがあるという思想をもっていた。

大きい器になれと人は良く言うが、そもそも大きいにしろ小さいにしろ器になる事そのものが間違っているのかもしれない。

ブルース・リーは水のように柔軟であれば、僕らは限界を超えられると説いているのだ。そもそも水には限界等ない。


ブルース・リーとジークンドー

ブルース・リーはこう言っている

限定的な型(かた)を持つ武術に限界を感じ、
その場その場で柔軟に効果的な技を繰り出せるような武術
「ジークンドー」を創造しました。
ジークンドーは、決まった型を持たず、
最小の動き、最小の力で、最大の打撃を与える方法を研究していました。

こちらがジークンドーのマークである。
ジークンドー

以無法為有法 以無限為有限と記されている ”無法を以って有法と為し、無限を以って有限とする”
ジークンドーではスタイルの無いのがスタイルであり、無限である事が有限であるという事だ

シンプルだが実に深い。

もうちょっと分り易く説明すると、
少林寺の弟子達が師の動きを真似ながら『ハッーハッ』と技を会得しようと練習に励んでいるが、実践では役にたたない事が多い。

何故なら実際の現場では練習通り物事は進まない。敵は何者かもわからないし、どんな技を使ってくるかもわからない。そんな中で型に囚われた戦いをすれば負ける事は必至であろう。

ブルース・リー リーダーシップ

僕らの仕事でも同じ事が言えるだろう。どんなに小手先のテクニックを学んだ所で、実務では意味をなさない事が多い。
実践の場ではトラブルが付きものだし、どんな状況にも直ぐに対処できるだけの柔軟性が最も重要ではないだろうか?

ブルース・リーは保守的な考えを嫌い、スタイルが有る事(有法)には限界あるとし、スタイルがない事こそ(無法)が、真の有法であるとしている。

先の水の話に戻るが、水というと穏やかに小川を流れている状況を僕は想像してしまうが、水は時としてその姿を変え災害を起こす事もある。水にも型は存在しないが、適材適所を見極め型を作る事ができるのだ。

おわりに

子供の頃はブルース・リーの言ってる事は難解すぎて理解できなかったが、最近になり彼の言ってる事に合点がいく事が多くなった。

ブルース・リーのジークンドーに対する信念は完全に他のカンフーの達人を凌駕している。彼は哲学とカンフーを融合させジークンドーという道を切り開いた。
一見ジークンドーと僕らの世界は掛け離れているようだが、深く通じるものが有る事はわかったはずだ。

これからも僕は師にたくさんの事を学ぶであろう。

Mr. I’ll see you whether far or soon, till then I try to be Water : )

コメント

  1. […] すが、かっちりと計画をたてません。いつ巡ってくるチャンスにも、いつでも掴めるように柔軟な人間を目指します。 ブルース・リー哲学から学ぶ柔軟である事の大切さ。 | Last Day. jp […]

  2. […] ✔ブルース・リー哲学から学ぶ柔軟である事の大切さ。 Be […]

  3. […] でこの部分を読んだ時には「うんうん」と頷いていました。 ブルース・リー哲学から学ぶ柔軟である事の大切さ。 | Last Day. jpというエントリーにも書いたようにあまりがっちりとしたル […]

  4. […] には凄く気持よかったです。もうちょっと天気良かったら! 参考:ブルース・リー哲学から学ぶ柔軟である事の大切さ。 次に続く! SPONSORED LINK 初めて当ブログに訪れた方や何度か当 […]

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またよし れい

執筆者:またよし れい

1983年、東京都葛飾区生まれ。アメリカのカレッジを卒業後独立。

2010年よりブログを立ち上げ、現在はブログ発信を中心に世界を旅しながら仕事をしている。

著書に『C言語すら知らなかった私がたった2か月でiPhoneアプリをリリースするためにやったこと』、『Facebookコミュニティ成功の法則』などがある。

これから起こる事を予想できる人間は居ません。唯一わかっているのは、人間は誰でも必ず死ぬという事だけです。僕は何度も言っていますが、「今」を楽しめない人は、この先の人生も楽しめないと思います。人生は「今」の連続で、その延長線上に未来はあるのです。過去に嫌な思い出があっても、「今」を楽しく生きる事で、過去の事実は変えられなくとも、過去の意味は変わってくるんではないでしょうか?

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