知らない土地に行った時に、いつも思う事 。

粟国島

僕は東京の葛飾区・四つ木という所で生まれ育った。東京で生まれ、育ったので、バリバリの標準語を話す。

僕の父は沖縄県の離島「粟国島」の出身。面積約7km²、人口800人強の、とても小さな島。幼少の頃に、家族で初めて粟国島に行った。

方言

港から船を降りると、父はすぐに、小中学校の同級生を見つけ、何やら僕が知らない言葉で会話し始めた。

普段、僕は父と話す時は標準語で話すのだが、その時、初めて父が同郷の友人達と方言で話しているの耳にした。

僕の知らない言葉で話している父の姿が、妙に格好良く目に映った。暫くの間、父とその同級生のやりとりを聞いていると、不思議と二人の幼少時代の姿が見えるような気がした。

その時から、僕には話せない魔法の言葉に強烈な憧れを抱くようになった。

旅に出てから

旅に出る時は、その土地の日常になるべく溶け込み、そこで生活している人たちの話す言葉に耳を傾ける事を無意識にするようになった。

バスの車内、喫茶店、野球場で、方言同士で話すのを聞いていると、その言葉を使ってきた彼らのバッググランドを想像してしまう。

そこには、僕にはわからない、生い立ちがあり、過去があり・・・。

方言を通して、それを感じ、憧れるとともに、胸がギュッと締め付けられるような寂しい気持ちになる。

ノスタルジックな気分になるのは、何故だろう? 僕がその土地にいても、彼らの日常は全く変わらず、これからも、いつもと変わらない生活に彼らは戻っていくと考えると、自分の存在がちっぽけな事に感じてしまうことだろうか。

少し寂しい気持ちになっても、何だかやめられなくて、新しい土地に行っては、同じ事を繰り返している。

その土地と、そこに住む人々を見ると、彼らの話す”言葉”に吸い寄せられていくように、僕はまた明日もどこかの街に居るだろう。

またよし れい(@sayobs)でした。

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またよし れい

執筆者:またよし れい

1983年、東京都葛飾区生まれ。アメリカのカレッジを卒業後独立。

2010年よりブログを立ち上げ、現在はブログ発信を中心に世界を旅しながら仕事をしている。

著書に『C言語すら知らなかった私がたった2か月でiPhoneアプリをリリースするためにやったこと』、『Facebookコミュニティ成功の法則』などがある。

これから起こる事を予想できる人間は居ません。唯一わかっているのは、人間は誰でも必ず死ぬという事だけです。僕は何度も言っていますが、「今」を楽しめない人は、この先の人生も楽しめないと思います。人生は「今」の連続で、その延長線上に未来はあるのです。過去に嫌な思い出があっても、「今」を楽しく生きる事で、過去の事実は変えられなくとも、過去の意味は変わってくるんではないでしょうか?

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