大学時代に夏休みに一緒に生活した、超お金持ちの日本人のおばあちゃんから学んだ事 

博覧強記のひとである。10年以上前にアメリカに留学していた時に、1ヶ月間だけ、一緒に生活した日本人のおばあちゃんの話だ。彼女はいつも同じ場所で、本を読んでいた。



僕の大学は、フレッシュマン(大学1年生)の間は必ず寮に入るというルールがあった。夏休みの期間は学校がないので、強制的に寮から退出を命じられる。長い休み中は母国へ帰国する人が多いのだが、僕は初めての夏アメリカにそのまま滞在する事にした。
僕は早速、インターネットの某掲示板を使って家探しを始めた。
いくつかの候補からメールで交渉して発見したのが、今回紹介するTさんという日本人のおばあちゃんだ。Tさんの家はロサンゼルスから南に80キロ、オレンジカウンティのミッションビエホという街にあった。

アメリカドラマ「O.C」で一躍有名になったので、オレンジカウンティという名前を一度は耳にした人もいるだろう。今思い返せば、Tさんとの出会いはとても幸運だった。これから彼女に多くの事を学ぶ事になるとは、その時の僕は知る由もなかった。

寮の荷物をまとめて早速Tさん宅まで車で向かった。僕の学校からTさん宅までは247マイル(約400km)の長旅だ。学生の分際で一丁前に、自分の車を持っていた僕はワクワクしながら、Tさん宅まで車を急がせた。


途中いくつか山を越え、クタクタになりながら、やっとの思いでTさん宅に到着した。
そこには、今まで見た事もないような豪邸があった。ミッションビエホは高級住宅街なので、当然周りの家も豪邸なのだが、Tさん宅は日本風に建てられていて明らかに異彩を放っていた。学生の僕でさえ「この家は建てるのに何億円もかかっている」事が一目でわかった。インターネットには、一軒家とは書いてあったが、プライバシー上の問題で家の詳細や写真はほとんど掲載されていなかったのだ。



家のインターホンを鳴らすと中からTさんが出てきた。家はとても広くて、キレイに掃除がされていた。大きな庭は日本庭園のように造られている。僕が滞在する部屋も1人で使うにはもったいないくらい広くて綺麗な部屋だった。
Tさんが近所を案内してくれるという事で、Tさんの車に乗り込んだ。LEXUSで1番グレードの高いクルマだ。
Tさんに、近所のスーパーやレストランなど紹介してもらった。帰りがけ、いつも行っているという高級レストランでご馳走になった。毎日寮でマズイご飯を食べいていた僕は、久々に美味しいものを食べられて感動したのを今でも鮮明に覚えている。



その日からTさんとの生活が始まった。
ご飯を食べる時、Tさんとよく話をした。話をしたと言っても、僕は会話についていくのが精一杯で、ほとんど僕が彼女の話を聞いていたという方が適切かもしれない。
ある日、Tさんは自分の生い立ちについて話してくれた。
Tさんは福岡県の出身で、生まれてからずっと福岡で育った。
彼女の人生の転機は1964年。知人からその年に開催される東京オリンピックのチケットを譲ってもらえることになった。Tさんには兄弟が居たので、皆でジャンケンをして勝った人がオリンピックに行けることになった。


「ジャンケンポン」


Tさんは、東京オリンピック行きのチケットを手にした。初めての東京。心を踊らせて福岡からはるばる東京まで行ったTさんには、ある出会いが待っていた。
4年に1度のオリンピック、世界各国から人が集まっていた。


Tさんはこの東京オリンピックで、後に旦那さんとなるアメリカ人記者と出会い、すぐに恋に堕ちた。Tさんの昔の写真を見せてもらったが、今風に言えば、かなりイケイケな女性だった(笑)。
当時、国際結婚は珍しく、Tさんのお父さんには反対されたが、なんとか説得する事ができ、Tさんは旦那さんと共にアメリカに移住することになった。

結婚式を無事に終えた後、Tさんと旦那さんの貯金は2人合わせて1万ドルあった。旦那さんは「このお金でマスタングを買おう!」と言ったが、Tさんは「車なんて乗れればいいでしょう。投資として1万ドルでどこかに土地を買いましょう。」と決め、安い車と土地を買う事にした。


1万ドルで買える土地はたかが知れていたが、Tさんは現在居を構えているオレンジカウンティのミッションビエホ周辺の土地を購入する事を決意した。
当時、ミッションビエホは丘の多い地域で、農場としても使われず、人も住めない「開発不能の地」とされていた。オレンジカウンティ内で最も都会化されるのが遅かった街だった。


しかし、新しい都市開発計画が成功し、ミッション・ビエホは大都会へと変貌を遂げる。渓谷に道路を、丘に家屋を置く、この地域の地形に合わせた計画だった。地価は瞬く間に上昇し、Tさんはその間にもいくつかの土地を購入した。
土地を貸し、売却し、莫大なキャピタル・ゲイン、インカムゲインを得ることに成功した。もしもあの時、旦那さんのいう通りマスタングを買っていたら、また別の人生を歩んでいたことだろう。



滞在中にTさんからは、「お金の考え方」をたくさん教えてもらった。Tさんはその後、旦那さんとの間に3人の子供を授かった。3人の息子さんで、そのうち2人は双子だ。
息子さんたちは、今は独立し、シンガポール、ラスベガス、ロサンゼルスに住んでいる。それからは旦那さんと2人で暮らしていたが、旦那さんが数年前に他界し、ルームメイトを募集するようになり、僕を見つけたとの事だった。


滞在中にお金の話と同じくらい「教育の大切さ」についてもTさんには教えてもらった。
「今一生懸命勉強して、あなたは将来社長になりなさい!」と毎日のように言われた。


帰国して数年後、ぼくとTさんは東京で再会する事になった。Tさんは東京で働く息子さん(以下=Aさん)家族に会うために、はるばるアメリカ・オレンジ・カウンティから来日していた。
「またよし君には是非うちの息子と会ってもらいたい」という事で、Aさん宅に僕も一緒にお邪魔する事になった。
Aさんの自宅は東京・赤坂のタワーマンションだった。(ある程度予想はしていたけど、やっぱりお金持ちだった(笑))TさんとAさんと僕で、色々な話をした。



Aさんは、オレンジ・カウンティで生まれ育ち、名門UCLA大学を卒業後に来日、外資系の銀行に入社した。
銀行では投資部門で働いていた。海外の富裕層がメインの顧客だ。お客さんに会いに行くために、毎週のように香港、シンガポール、アメリカに出張に行っていた。 


会社からのサポートは手厚く、飛行機はすべてファーストクラス・ビジネスクラス、タワーマンションの家賃も会社もち。通勤はすべてタクシーだ。
僕は子供の頃から金融系のビジネスマンを志しており、アメリカの大学でも金融ビジネスを勉強していた。目の前にいるAさんは正に憧れの存在だった。しかし、Aさんは何だか浮かない顔をしながら、仕事の話をし始めた。


「お給料も良いし、移動も楽だけど日本での仕事はハードすぎる。休みがほとんどないんだ。このタワーマンションからは東京中が見渡せるし、景色も最高で最初は気に入っていたけど、休みの日でもここから会社が見えてしまう。休んだ気がしないよ。僕の人生は100%仕事だけで何のために生きているかわからない。娘とも遊ぶ時間がとれないんだよ。お金はたくさんあるけど、心が満たされる事はないよ。ママから聞いたけど、またよし君は世界中を旅しながら生活しているんだってね。羨ましいな。 」
すごく意外だった。



僕が訪ねたちょうどその頃、Aさんはシンガポールの会社からヘッドハンティングされていた。その会社は、休みを充分に取らせてくれる条件だった。娘さんの教育にもシンガポールは最適と考えて、来月には今の会社を辞職し、家族でシンガポールに引っ越しをすることに決めたところだった。
話は遡るが、Tさんは僕が下宿していた頃に「教育の大切さ」についていつも話をしてくれていた。
TさんにはAさんの他に2人の息子さんが居る。(計3人の息子さん)教育方針はについては以下の4つがポイントだ。

1.子供は必ずバイリンガル(日本語、英語)に育てる
2.教育は投資。お金は惜しまずにかける。そのためには借金をもいとわない。
3.大学は絶対にUC系列
4.基本的にやりたい事はなんでもやらせた。


1.子供は必ずバイリンガル(日本語、英語)に育てる

幼少の頃からアメリカで生活していれば、嫌でも英語は話せるようになる。

大変なのは日本語の教育だ。実はバイリンガルに育てるのは本当に難しい事である。僕も沢山のバイリンガルな人たちをこれまでに見てきたが、両方とも完璧な人は少ない。発音はネイティブに聞こえても、敬語が使えない人、語彙が少ない人、どちらの言語も中途半端な人が実際には多い。
Tさんは子供が小さいうちにできるだけ、沢山の日本人とコミュニケーションをさせようと、自宅で日本人向けの保育所をして、日本人の子どもたちを預かった。そこで息子たちと一緒に遊ばせながら、日本語を覚えさせた。

2.教育は投資。お金は惜しまずにかける。そのために借金をすることもいとわない。

Tさんは毎日のように教育の大切さについて語っていた。「基礎の教育さえしっかりしていれば、その後独立して失敗しても何度でも立ち上がれる。教育はとてもお金がかかるけど、私は息子たちへの教育はお金を惜しまなかった。今になって息子たちは3人とも立派に育って、親孝行もしてくれる。教育は本当に大切だ。」

3.大学は絶対にUC系列

アメリカの大学には州立大学と私立大学があり、州立大学には、2種類ある。(ここでは僕が通っていたカリフォルニア州の話を。)
University of California (UC)とCalifornia State University(CSU)。
UCとCSUの違いについては以下が参考になる。
http://mayumihollywood.weebly.com/4/post/2010/08/california-uc-system-csu-system.html

ざっくりいうと、UCの方が優秀な生徒が多い。UCLAやUC Berkeleyは皆さんも一度は聞いた事があるはずだ。ちなみに、ソフトバンクの孫正義さん、元ライブドアCTOの小飼弾はUC Berkeleyの出身だ。アメリカの大学は誰でもカンタンに入れるというが、UC系列の大学は入学のハードルも高い。求めるGPAも高いし、学費も高い。

僕みたいな外国人留学生にはもっと大変で、もともと入学枠が少なく学費も外国人枠はべらぼうに高い。ちなみに僕は条件をクリアしていたので、UCLAやUC Berkeleyを受験したが、見事に落ちた(涙)。

話が少しずれたが、Tさんは息子さん3人を全員UC系列の大学に入学させた。理由は前述した通り優秀な学校が多いからだ。「またよし君も大学は絶対にUCに行きなさい。アメリカは学歴社会だから、金融系の会社に勤めたいなら尚更よ。」と言われた。

4.基本的にやりたい事はなんでもやらせた。

子供が何かやりたい!という事については基本的には何でもやらせたそうだ。普通の親ならダメ!というような事でも、他人に迷惑をかけたり犯罪行為ではない限り何でもやらせたとの事だ。勉強はたくさんさせたけど、やりたい事もさせたので子供から不満が出てくる事はほとんどなかったそうだ。


Aさんはシンガポールで金融系、もう1人の息子さんはLAで車のディーラー、1番下の息子さんはラスベガスでレストランとコンビニを経営している。Tさんもとてもパワフルな女性なので、お会いするたびに色々勉強になる。今年は、久しぶりにアメリカにも遊びにいこうと思っているので、またTさんとも会いたい。

この記事はオンラインコミュニティ「旅ビジ」を修正・加筆し再編集したものです。

またよし れい

執筆者:またよし れい

1983年、東京都葛飾区生まれ。アメリカのカレッジを卒業後独立。

2010年よりブログを立ち上げ、現在はブログ発信を中心に世界を旅しながら仕事をしている。

著書に『C言語すら知らなかった私がたった2か月でiPhoneアプリをリリースするためにやったこと』、『Facebookコミュニティ成功の法則』などがある。

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