僕は東京の下町で生まれた。小学校に上がるまでは、自宅にお風呂がなかったので、毎日近くの銭湯に家族で通っていた。
壁に描かれた富士山を眺めながら、熱いお湯に肩まで浸かる。
「ふぁーさいこぉーだ。」
銭湯には色々なお客さんがいる。当然みんな裸なので、普段どんな仕事をしてるのかなんてわからないし、そんな事は誰1人として気にしていない。
銭湯に良く行く人ならわかると思うが、銭湯にはヤクザのおじさんが数人はいる。
背中と腕にわぼりの墨をいれた、見るからに怖そうなおじさんだ。
疲れが溜まると、銭湯に行きたくなる。サウナと大きい湯船に疲れば、心のわだかまりと一緒に疲れはどかに吹っ飛んでいってしまう。
今日も疲れを癒すべく、銭湯にいった。世の中どんなに便利になっても、銭湯だけは昔と変わらない。
銭湯の暖簾をくぐったその瞬間から時は昭和にタイムスリップ。
まだ15時過ぎだというのに、銭湯はお客さんでいっぱいだった。
御多分に洩れず、ヤクザのおじさん達も数名身体をゴシゴシと洗い、背中の龍が今にも天に昇っていきそうだった。
そんないつもと変わらない光景に、僕はホッとしていると、何度かヤクザのおじさんと目があった。
あまり露骨に見ないようにしてるのだが、何だが目があう。
僕の直感が今日は早めに上がれと言っているので、いつもより早くお風呂を上がった。
ビビっているわけではない。直感が言ってるのだ。
お風呂から上がってタオルで身体を拭いていると、ヤクザのおじさんもお風呂を上がってこっちに向かって歩いてきた。
オラァ坊主さっきからなに見てるんじゃ アホんだら!
なんて言われる事もなく、おじさんは僕の横をとことこ歩いていき、自分の着替えがしまっているロッカーにノリノリと歩いていった。
ロッカーの先に目をやると、おじさんのロッカーは僕の真横だった。
身体を吹きパンツを履いてサングラスをかけると、おじさんの風格は更に怖くなった。
おじさんが着替えているので、僕はおじさんの着替えが終わるまで待つ事にした。決してビビっているわけではない。
しかし、思いの外おじさんの着替えは長引く・・・パンツ1丁のまま今度は辺りをウロウロし始めた。
僕はお風呂に戻るのも、面倒なので、思い切っておじさんが、ロッカーを離れてる隙に、自分のロッカーに向かってバスタオルで全身を拭いた。
洋服を着ようと、ロッカーの中から洋服を取り出そうとその瞬間、
「おい!兄ちゃん!」ドスの聞いた声でおじさんが僕を呼んだ。
「は、、、はい!」僕は出来るかぎり冷静な口調で返事をした。
「ワシの服が邪魔になってて、スマンな。」
おじさんは見せた事もない笑顔で僕に言った。
牛乳を一気飲みして、家に帰った。
僕はやっぱり銭湯が好きだ。