リー・クアンユーは、どのようにしてシンガポールの公用語を英語にしたのか?

Lee Kuan Yew

シンガポールへは、何度か旅行で行っていて、その度に治安の良さ、街の綺麗さに驚かされます。

シンガポールという国名を聞いて、1番最初に頭に浮かぶのは、シンガポール建国の父と言われる「リー・クアンユー」氏。

1959年から90年までの30年間にわたりシンガポールの初代首相を務めた方です。シンガポールの第一公用語は英語です。

建国から間もない、この国の公用語を英語にするためにリー・クアンユー氏は何をしたのでしょうか?

リー・クアンユー、世界を語る』にその答えはありました。

リー・クアンユーが英語を公用語しようと思った理由

シンガポールでは、英語を第一言語にして、中国語を第二言語として確立をする取りくみをしてきました。

リー・クアンユーは、アメリカの繁栄の秘訣の1つにアメリカの公用語が世界共通語の英語だった事を挙げています。

英語が科学、技術、発明、ビジネス、教育、外交の分野や世界トップクラスに上り詰めた人材の共通語になっている。『リー・クアンユー、世界を語る』

シンガポールは、皆さんもご存知の通り、国の面積・人口ともに決して大きいとは言えません。

リー・クアンユー氏は、強いリーダーシップを発揮して、シンガポールの公用語を英語にしました。

リー・クアンユー氏は、英語を強要しなかった?

私は1人ひとりの子どもの親に、英語と各自の母語のどちらを選んでもよいという選択肢を提示した。

その選択の自由によって、30年にわたる市場での努力が実り、我が国では英語が第一言語に、母語が第二言語になったのだ。

もし30年という歳月をかけずに5年や10年で、しかも自由選択ではなく強制的に教育言語をかえさせていたら、結果は悲惨だっただろう。

僕も初めて知りました。国の言語を改革するって、長期的に遂行して、国民の意思を尊重しないといけないんですね。

フィリピンでも、英語は公用語として使われていますよね。100年後には、英語を公用語として、使う国家がもっと増えている気がします。

シンガポールの公用語・英語がもたらしたもの

シンガポールには、世界中から、人・モノ・金が集まるビジネス国家に、変貌をとげました。

建国当初の一人当たり国民所得年400ドルが今は、5万ドルで、この数字は米国をも凌ぎます。

移民の受け入れも、米国同様に積極的に行いました。結果優秀な人材がシンガポールに集まりましたよね。

現在は移住の条件も、どんどん厳しくなっているようです。

日本はどうなりますかね?日本も日本語と英語を2つ公用語になる未来は来るのでしょうか?

米国の有名な投資家ジム・ロジャーズの移住エピソードも面白かったです。

ジム・ロジャーズを始め、シンガポールに移住している著名人の数々を紹介!

『リー・クアンユー、世界を語る』

本書では、今回の「リー・クアンユー」は、どのようにしてシンガポールの公用語を英語にしたのか?というのは、メインテーマではありません。

中国・アメリカの未来がどうなるか?という事がメインにかかれていて、読み応えありますので、気になる方は是非。

ちなみにシングリッシュって、こんな感じです↓

シンガポールに行くのでSinglish(シングリッシュ)がどんなものか調べた

Pocket
LINEで送る

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。

またよし れい

執筆者:またよし れい

1983年、東京都葛飾区生まれ。アメリカのカレッジを卒業後独立。

2010年よりブログを立ち上げ、現在はブログ発信を中心に世界を旅しながら仕事をしている。

著書に『C言語すら知らなかった私がたった2か月でiPhoneアプリをリリースするためにやったこと』、『Facebookコミュニティ成功の法則』などがある。

これから起こる事を予想できる人間は居ません。唯一わかっているのは、人間は誰でも必ず死ぬという事だけです。僕は何度も言っていますが、「今」を楽しめない人は、この先の人生も楽しめないと思います。人生は「今」の連続で、その延長線上に未来はあるのです。過去に嫌な思い出があっても、「今」を楽しく生きる事で、過去の事実は変えられなくとも、過去の意味は変わってくるんではないでしょうか?

詳しいプロフィールはこちら>>>